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東京家庭裁判所 昭和40年(家イ)4654号 審判 1966年7月26日

申立人 上田進(仮名)

相手方 上田イシ(仮名)

主文

申立人と相手方とを離婚する。

当事者間の長男一郎の親権者を申立人と定め、同人において監護養育する。

申立人は、相手方に対し包括的離婚給付としての財産分与として金二〇万円を本審判確定と同時に相手方住所に送金して支払え。

理由

一、本件記録添付の戸籍謄本、相手方提出の二通の診断書、家庭裁判所調査官寺戸由紀子の調査報告書ならびに本件調停の経過によると、次の事実が認められる。

(一)  申立人と相手方とは、昭和三五年三月一四日結婚式を挙げて同棲し、同月二九日正式に東京都豊島区長に対し婚姻届出を了し、昭和三六年一二月一一日その間に長男一郎を儲けたこと

(二)  相手方は、婚姻後とかく身体が弱く、しかも精神的に安定を欠き、食事の準備、洗濯、掃除等の家事を一般の主婦のように行なうことができず、とくに長男一郎出産後は、身体の疲労のため家事も育児も十分に行なうことができないことから自信を失い、極めて精神的に不安定となり、何回となく身体の静養のため実家へ戻り、しばらくしてまた申立人の許へ帰るといつた状態が続き、遂に昭和四〇年四月二九日に単身実家へ戻つてからは、そのまま申立人と別居するに至つていること

(三)  もともと、相手方は、小学校三年在学中に強度の近視となつたのに、友人等に対する見栄等から眼鏡を余り使用せず、そのための疲労と強度の近視による劣等感とから精神的に不安定であつたうえ、また虚弱体質であるのと欲求不満から菓子類を食べ過ぎたため慢性胃炎兼胃下垂症となり、本来かような身体状況と精神状態では、正常な婚姻生活を営むことは無理であり、申立人との婚姻に先立つても、神経科の医師から、強度の近視とノイローゼのことを申立人に話して、まづノイローゼの治療をしてそのうえで婚姻生活に入るべきであるとの助言を受けたこともあつたが、相手方は、このことを申立人に話せば、申立人との婚姻話は破談になることをおそれ、そのまま申立人と結婚したものであること

(四)  相手方は、申立人と別居した後も、二、三度内科の医師や神経科の医師の診断は受けたのであるが、そのままで積極的に治療を受けることはしていないこと

(五)  申立人も、はじめのうちは、相手方が医師の精密診断を受けて治療に専念し、心身ともに健康になり、家事や育児を行なうことができるようになるならば、再び同居して婚姻生活を継続してもよいと考えていたが、別居後相手方は一向に精密診断を受け治療に専念する様子もなく、かかる望みはもちえなくなつたところから、相手方との離婚を決意し、昭和四〇年九月二七日当裁判所へ調停の申立をしたものであること

(六)  申立人は、昭和四〇年一一月一五日に開かれた家事審判官単独の調停において、「相手方のように妻として母としての役割が果せない者とこれ以上夫婦生活を続けることはできないから、相手方とは離婚したい」と述べたのであるが、なお「相手方が医師の精密診断を受け、治療のうえ、心身ともに健康になつて、妻として母として十分やつていける見込があるということであれば、離婚は考え直してもよい」との意向も表明したのに対し、相手方は、「申立人とは離婚したくない、なるべく早く申立人や子供の許へ戻つて同居したい」との意向を表明しながらも「しかし、子供を育てていく自信はないので、どうしてよいか分らない」とも言明する有様で、身体的にも極度に衰弱し、また精神的にも極めて不安定なように見受けられたので、家庭裁判所調査官寺戸由紀子による当事者の調査を経たのち、更に相手方については、当庁谷島医官の問診をも受けさせたところ、同医官の判定では、「相手方は精神的に分裂症状を呈しており、これは、循環器系、内分泌系等の内科的疾患から生じているもののように思われるから、東大病院の神経科および内科で総合検査を受けることが望ましい」ということであつたので、当裁判所は寺戸調査官を通じ相手方の父親中山松男に対し相手方を伴なつて昭和四〇年一二月一一日に東大病院へ赴いて総合検査を受けるように指示したのであるが、相手方はこれに応ぜず、再び当裁判所は同月一八日再度寺戸調査官をして相手方に対し検査を受けるよう説得を試みさせたのであるが、相手方は結局これに応じなかつたこと

(七)  当裁判所の調停委員会による調停の第一回期日(昭和四一年一月二八日)においては、申立人の方は、「もはや相手方との婚姻生活を続けることはできないので、どうしても離婚したい」という意向に固まつたのであるが、相手方の方はなお「申立人とは離婚したくない、身体もよくなつたので同居したい」という意向なので、調停委員会としては、相手方に対し、それを主張するならば、次回期日までに必らず医師の診断を受けてその結果を報告するように指示したこと

(八)  昭和四一年三月二日に開かれた当裁判所調停委員会の第二回調停期日において、相手方は○○病院医師阿部益作成にかかる診断書を提出したのであるが、これによると、相手方は当院において検査のため受診中であるが慢性胃炎、痩削症、神経症のため入院加療を要するとあつたので、調停委員会としては、これだけでは精密な診断といえないので、もつと精密な検査を受けて報告すべきことを再び相手方に指示したところ、同年四月二三日に開かれた第四回調停期日において、相手方は○○病院医師服部伴一郎作成にかかる診断書を提出し、これによると、相手方は入院検査のうえ、胃下垂症兼ノイローゼと判明し、昭和四一年三月七日軽快退院した旨記載されており、調停委員会としては、内科的疾患の方は別としても、ノイローゼの程度が不明であるので、再びもつと精密な検査を要する旨指示したところ、相手方より二、三日前に慶応大学付属病院神経科で精密検査をしているので、次回期日迄にはその結果を報告できるとの回答があつたこと

(九)  そこで当裁判所において、慶応大学付属病院神経科に照会したところ、相手方は境界症例であつて、重症ノイローゼと精神分裂症との中間に位する症状を呈しているもので入院治療を要するとの回答があつたこと

(一〇)  かような訳で当裁判所調停委員会としては、現在の相手方の身体状況ならびに精神状態からして、とうてい申立人との婚姻生活を継続することは困難ないし不可能であるとの判断に達したので、相手方に対し申立人とは離婚して心身の治療に専念すべきことを勧告したのであるが、相手方は心身の治療を受けることもせず、ただ「申立人とは離婚したくない、もう健康も回復したので、申立人の許へ戻りたい」と繰り返すのみで、遂に調停期日に出頭しなくなり、ここに調停は成立する見込がなくなつたこと

二、当裁判所は、調停委員五十川捨造、同河野種子の意見を聴き、前記認定の事実その他一切の事情を観て、当事者双方のため衡平に考慮した結果、本件については、婚姻を継続し難い重大な事由があるものと認められるから、家事審判法第二四条の調停に代わる審判によつて、申立人と相手方とを離婚させ、当事者間の長男一郎の親権者を申立人に定め、かつ、申立人の相手方に対する包括的離婚給付としての財産分与(離婚後の扶養)を金二〇万円と定め、申立人に対しこれが支払を命ずることが相当であると認め、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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